物語ることについての随筆

主に映画やドラマについて、個人的な思索

嘘つきは家族のはじまり:「SPY × FAMILY」

をつくのは楽しい。
 
嘘をつくのは良くないけれど、嘘をつくのはとても楽しい。
 
嘘をつくと、それを嘘と知らない人との間に「その嘘が本当であるかの様な世界」=物語が生まれる。
 
現実世界の中に発生したもう一つの世界線で、自分だけがそれを嘘と知りながら、知らないふりをして役を演じ、同時に観客となって物語を楽しむ。その優越感。
 
秘密を持つのも楽しい。ごく少数の誰かと共有している秘密なら、もっと楽しい。
 
おそらくは、そこに「他の人は誰も知らない、私たちだけが知っている物語」が生まれるからだろう。
 
嘘や秘密を他人にバレないようにすることは、とても楽しい。そして不思議なことに、バレそうでバレないときが一番楽しい。いつバレてしまうのかとヒヤヒヤする時間が一番楽しい。
 
だから「スパイもの」は基本的に楽しい。
 

 

少年ジャンプを卒業して久しいが、ジャンプ+で連載中の「SPY × FAMILY」(作:遠藤達哉)のアニメはとても良かった。以下に簡単な説明を記すが、まだアニメ版しか見れていないので、細かい部分で間違いがあればご容赦いただきたい。
 
西国(ウェスタリス)のスパイであるロイド・フォージャー(コードネーム:黄昏)の新たな任務は、政治的に対立する敵である東国(オスタニア)の独裁者に近づくために、独裁者の息子が通う私立学校に子供を通わせることだった。一人身であるロイドは、孤児であるアーニャを娘に、たまたま出会ったヨルを妻として迎え、かくして彼らはフォージャー家となった。
 
ロイドはある部分ではアーニャとヨルに秘密を共有しつつ、ある部分では嘘をついて、二人に秘密(自分がスパイであること)を隠している。つまりロイドは、家族という嘘=物語を演じつつ、任務を無事に遂行させねばならないのだ。
 
しかし、秘密を抱えているのは彼だけではない。
 
アーニャは謎の組織の研究所で生まれた。産みの親と引き剥がされ、人体実験を受けていたが、脱走して孤児となった。しかし彼女は「人の心を読む(=嘘を見抜く)」能力を持って生まれたために、大人たちに不気味がられ、里親を転々としてはそのたびに孤児院に突き返されていた。アーニャは自身の能力を使ってロイドの役に立ちたいが、能力=秘密がバレて、再び孤独になることを恐れて嘘をつく。
 
ヨルは普段はおっとりとした性格だが、実は東国政府の暗殺者「いばら姫」という裏の顔を持つ。心配性(シスコン)の弟を安心させるべく、ロイドとの偽装結婚を決意したのだが、その正体を知るものは誰であろうと生かしてはおけない。
 
ロイド(西国のスパイ)とヨル(東国の暗殺者)。敵対する者同士の、典型的な「ロミオとジュリエット」状態。東から先に夜になり、西の空に太陽が沈むとき、いばら姫=眠れる森の美女に口づけし、100年の眠りから覚ますのは「誰そ彼(彼は誰?)」
 
お互いに相手の秘密は知らない。二人の秘密を知るのはアーニャのみ。
 
SPY × FAMILY」は文字通り、スパイの物語と家族の物語の掛け算で出来ている。ロイドはスパイの任務を通して「家族とは何か」を客観的に分析し、演じる。同時に、アーニャとヨルと生活をともにするうちに、徐々に信頼を深め、芽生えてきた愛情に戸惑いながら、少しずつ本当の家族に近づいていく。
 

冒頭に書いたように、嘘をつくことは楽しいし、秘密を隠すことも楽しい。嘘も秘密も物語であり、つまりスパイは役を演じながら物語を作っている。スパイ活動は即興芝居だ。
 
スパイに騙される側は、もちろんそれが嘘だとは知らないわけだが、私たち観客(視聴者)は、ロイドたちの嘘と秘密を知っている。観客は彼らと、いわば共犯関係にある。しかし同時に、観客は彼らが知らないことまで知っている。言い換えれば、私たちは「彼はそれを知らない」ということを知っていて、その上で彼らがどんな行動に出るかをこっそり監視(=spy)するのだ。
 
一方で、彼らもまた観客の知らないこと=秘密=物語を知っていて、それを隠している。私たち観客はその秘密を知ったときに「騙された!」とショックを受けながら、笑顔で彼らに喝采を送るのだ、「お見事!」と。
 
スパイは嘘をつき、秘密を隠す。物語をつくり、役を演じる。そして、敵方にスパイの嘘がバレそうになるときに、一気に高まるスリル。これこそがサスペンスの醍醐味。
 
サスペンス(suspence)suspendと同じく「吊るされた」状態を表す。高いところで宙ぶらりんのまま、ここから落ちてしまうのか、助けが来て「ほっ」とひといきつけるのか、その緊張感が維持された状態。
 
サスペンダーで吊るされたズボンは、片方の留め具が壊れて、今にもズボンが落ちそうなときがいちばん面白い。観客はズボンが落ちてしまったときに起きる事件=物語を予想して、それが実現するのかどうかをハラハラしながら見守る。
 
連続ドラマが視聴者の興味を持続させるために、番組の終盤で事件を起こし、「次回へ続く!」と結論を先延ばしすることをクリフ・ハンガーと言ったりするが、これも崖(cliff)に掴まっている(hanger)様を表す。主人公が崖に落ちるかどうかを知るために、観客もまた崖っぷちで一週間待たなければならない。
 

吊り橋効果:吊り橋(suspension bridge)の上を歩く二人が、橋が揺れるときに感じる緊張や胸の高鳴りを、恋心のためだと誤解すること。
 
スパイものとラブコメは、物語の構造的にはよく似ている。自分の気持ちを隠しながら(=嘘をつきながら)、相手の身振りや言葉遣いに表れる(=物語る)気持ちを読み取り、告白(=秘密を打ち明ける)のチャンスを狙っている。
 
SPY × FAMILY」のアニメ版の8・9話では、一応はスパイものとしてのストーリーが進行しながら、実質ラブコメ回であった。
 
ヨルの弟であるユーリは、東国の国家保安局の職員であり、つまりは「黄昏」を捕まえる立場にある。しかしそれ以上に、ユーリは姉を溺愛していた。ロイドが本当に姉にふさわしい男なのか見定めるため、彼はフォージャー家を訪れる。ロイドとヨルは、自分たちが偽装結婚したことを彼に悟られないよう、仲睦まじい夫婦を演じなければならない。しかし、酒癖の悪いユーリが「本当の夫婦だというのなら証明してみせろ」と、二人にキスするよう命じる。ここでの3者の態度は以下の通り。
 
ロイド:任務のためならキスくらい容易いが、無理やりするのは気が引ける。
ヨル:「愛している」と言われただけで、指が触れただけで動揺するぐらい初心。
ユーリ:ロイドの嘘は見破りたい、しかし姉にはキスしてほしくない。
 
結局キスは未遂に終わったのだが、この場面では、二人の嘘がバレるかもしれないというスリルと、キスをすることのドキドキが混同されているため、吊り橋効果が発生している。このために、ロイドとヨルだけでなく、彼らと共犯関係にある観客(視聴者)までもがキュンキュンしてしまうのだ。
 
嘘はバレるかバレないかのギリギリのスリルが一番面白いし、キスをした、しなかったというショック以上に、キスをするかしないかで吊られている状態=サスペンスこそが人々の心を揺さぶる。いばら姫との口づけへの道のりは、長くて困難な方がよいし、ロミオとジュリエットの関係は、マキューシオとティボルトのいざこざに邪魔された方が盛り上がる。
 
 
SPY × FAMILY」にはこの他に、東国の独裁者の息子ダミアンが、アーニャがよく自分のことを見てくる(=その行為が物語るもの)ために、自分はアーニャに好かれているという思い込み(=物語)を抱くという展開がある。
彼は「まさか、一番ありえないと思っていたアイツにオレ様が恋するなんて」と、自分の気持ちを素直に認めようとせず、アーニャに対してぶっきらぼうな態度をとってしまう。そしてアーニャの方は、超能力でそのことに気づいている。この二人の関係がどうなるかは、きっと長いこと吊るされることだろう。
 

さて、この「キスする・しない」の茶番劇の後、ロイドはヨルが弟の差し金でスパイをしているのではないかと疑い、小芝居(=物語)を打つが、ヨルがロイドを信頼していることは「嘘ではない」と分かり、彼は罪悪感と同時に喜びを感じた。
 
そして、今朝はなんとなくヨルとロイドの間に距離を感じていたアーニャは、学校から帰ってくると、ロイドがヨルに対する疑いを捨てたことを知る。アーニャのような超能力者でなくとも、子供は両親の空気を、つまり、両親の振る舞いが物語るものを敏感に察するだろう。
 

「ちちとはは、なかよし!」

 

 彼らをつなぐのは家族という、三人だけの秘密=物語
 
彼らは共通の嘘を演じ、それが他人にバレないようにしているうちに、徐々に嘘が嘘でなくなってきて、いつのまにか嘘の中に真実が生まれていた。たとえそれが吊り橋効果でも、共に困難を乗り越えるうちに、フォージャー家には愛が芽生えていた。
 
「現実の中でその役を演じる=自分の身体で物語る」という行為を通して、彼らは物語と一体となり、自分たちで物語を創っていく。
 
夜と黄昏の間のように、嘘が作った世界線の境界があやふやになって、現実と混ざりあっていく。
 
家族は「ある(存在する)」ものではなく「なる(行為によって創り出す)」もの。
 
たとえ互いに血は繋がっていなくとも、「愛する」ことで、愛を具体的な行為によって示す=物語ることで、偽りの家族は本当の家族になれるのだ。
 
forge(動詞)
    1:(文書などを)偽造する、捏造する。
    2:(金属を)鍛造する、鍛える。
    3:(人などが、関係を)築き上げる。
 
 

 

フォージャー家の平和を守ることが世界の平和を守ることに繋がるなら、ロイドはその任務を成功させなければならない。そのためなら家族で休日に水族館に行くことも、遊園地を貸し切って遊ぶことも時には必要なのだ。
 
まずはありったけ、ピーナッツを買い込むことから始めよう。
 
嘘と秘密を、信頼の殻で包むピーナッツ。
 
 
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